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岸和田天神宮 (大阪 岸和田市)
2015 / 01 / 08 ( Thu )


積川神社 其の弐
からの続きです。

積川神社からバスで南海岸和田駅に戻り、
駅のすぐ近くにある

13kisiten01.jpg

岸和田天神宮へ
大阪府岸和田市別所町1丁目13番15号

御祭神
速須佐之男命
菅原道真公

実は高校の時に南海岸和田駅に毎日通っていたのに、
(その後も嫁ぐまで、仕事も岸和田に勤めていたのに…)
こんなにすぐ近くに神社があるのに
気がついていませんでした^_^;


ここの御由緒見て、
こんなことあるんだねと思いました。
正平十七年(1362)頃、
泉州沼村の村長に沼間将監が、
父親が長らく病床に就き、
平癒を願ったがその効験がなく、
山城の国八坂神社に参り、
病父の平癒を祈願すること三日、
ついに霊感を得て歓喜して帰郷すると父の病は全快し、
普段の元気な姿に復していた。
沼氏は邸内の清域に(現在地)に社殿を造営して、
八坂神社(祭神、速須佐之男命)の御分霊を勧請。
明徳年間(1390)から、
天正年間(1573)に至るまで再三兵火の厄に会い、
社殿旧記宝物等一切は焼失。
文禄三年(1594)に社殿の復興を図ります。
天和三年(1683)、天神宮と称した。
享保年間(1716)村民が私祭していた菅原道真公を合祀。
明治四年、神社調査の際、
社名が天神宮であることから、
主祭神を菅原道真公と誤認して、
菅原神社と届出した。
昭和五十七年御鎮座六百二十年を機に社殿を御造営し、
完成後名称を旧に復し、
岸和田天神宮(通称沼天神)と改称したそうなんです。





13kisiten13.jpg

旧社名の「菅原神社」の社号標が境内には残っています。






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鳥居






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狛犬さん



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手水





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拝殿





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拝殿前の牛さん



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岸和田天神戎社





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為岩大神







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いただいた御朱印





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